一般財団法人 地域公共交通総合研究所が設立10周年!
~事務所を移転して更に全国の地域公共交通の抜本的再建を目指す!~

(一財)地域公共交通総合研究所
代表理事 小嶋光信

日本の公共交通は、世界の先進国の中では稀な民間事業として民設民営を中心に発達し、極めて便利で快適で、安全安心な交通システムを形成していますが、規制緩和後は人口のピークを2008年に迎え、公共交通はマイカー社会の進展などでの利用客減少に加えての少子高齢化で慢性的な赤字に苦しみ、7~8割の交通事業者が経営難に陥っています。ここに2020年から新型コロナウイルスが襲ったわけで、コロナ禍の3年で現在は、ほぼ全社赤字という危機的な状況となっています。

私は2000年の初めころから、地域公共交通の苦境を予見し、一部の大都市や人口密集地域以外は、全く民間のビジネスとしては成り立たない事業になっていることが分かりました。そこで、ヨーロッパ先進国の公共交通を研究したところ、何と地域公共交通を民間で支えているのは先進国では日本だけで、ヨーロッパ社会では公設公営や公設民営で事業が維持されていることを発見しました。

そこで、ヨーロッパ型の公設民営の研究と普及のために、2005年に運航を開始した津エアポートライン(三重県)で公設民営を実証して成功した後、破綻した公共交通の再生として和歌山電鐵(和歌山県)や中国バス(広島県)、井笠バス(岡山県)の再生実績から地域公共交通活性化再生法や交通政策基本法の成立に携わりました。

(一財)地域公共交通総合研究所は、それらの再生実績と知見を活かし、市民生活を支える地域公共交通の再生と維持・発展の一助となることを目的として、地域公共交通の構造問題を改革するために両備グループのシンクタンクとして10年前の2013年4月4日に設立しました。研究所の構成メンバーは、交通政策基本法を制定するために開かれた衆議院の国土交通委員会で私とともに参考人として出席された家田先生はじめ公共交通に造詣が深い研究者や実務者です。4月4日は、実は私の誕生日で、町田専務理事の「この日なら設立日を私が忘れないだろう」という配慮でした。

なぜ地方の一交通事業者である両備グループが地域公共交通のシンクタンクを作ったのか?ということですが、両備グループは西大寺鐵道を母体として、鉄軌道、バス、タクシー、旅客船という旅客輸送分野のみならず、物流事業や空路のハンドリング事業、観光事業など多岐にわたる交通関連事業を手掛けており、縦型でなく縦横型のあらゆるモビリティーを総動員して地域公共交通のネットワークを再構築するノウハウを持っているからです。実のところ、日本の地域公共交通の現場のノウハウは、民間の交通事業者のみが持っており、公共交通の再生へ向けた具体的な処方箋が欠け、実行するコンサルは当時からなかったからです。

総研の設立後も三重県の内部八王子線や広島県江田島市営の中町-宇品高速船航路の公有民営化、岡山県備前市の海上アクセスや地域交通をはじめ、岐阜県・三重県を走る養老線、滋賀県の近江鉄道線の公有民営化など、現場密着による将来像を具体化するための支援業務などで地域公共交通の維持・存続の道筋をつけてきました。

また毎年、地域公共交通のシンポジウムやセミナーなどでは、行政や全国の大学・学会・交通関連諸団体にもご協力いただき、たくさんの皆さんと連携して、日本全国に公共交通を支えようとする人の輪が広がってきていることは嬉しいことです。

特にこの3年間は、新型コロナウイルスの感染拡大による全国の公共交通事業者の甚大な経営損失の実態についてアンケート調査を4回実施し、地方の公共交通事業の危機的な状況についていち早く公表したことが国や地方行政での地域交通政策や公共交通各社の経営計画策定等に活用されています。

そして、コロナ禍の実態をいち早く伝えたことにより、昨年2月には国会議員の有志の皆さんによる地域公共交通のネットワーク再構築議連が発足し、4月の岸田総理への提言によって、6月には「骨太の方針2022」に「地域公共交通ネットワークの再構築」などが明示されて国の政策となり、ここから一気に国や地域として如何に地域公共交通を維持・発展させるか…の動きが出てきたことは、将来への期待が湧いてきます。

当総研のこれからの10年の課題は以下の3つです。
1.上下分離と公設民営の普及

公設民営(公有民営)の実証では、和歌山電鐵の再生が契機となり鉄道部門で公有民営化の制度ができ、地方鉄道や他の公共交通でも上下分離が取り沙汰されるなど機運が高まっていることは良いことだと思います。しかし、公有民営や公設民営と一般的に言われずに、上下分離とだけ言われていることに些か危惧を持っています。

上下分離は以前から再生に用いられる手法ですが、日本の場合、多くは上下分離すると運営は第三セクターなどによる民営となり、ほとんどのケースが再生に困難をきたしています。従って、上下分離をした後、経営面は民間が全責任を持つような運営を指して公設民営(公有民営)と言っているのです。

実は、上下分離してもこの運営の方法を間違うと再生は成功しません。和歌山電鐵の場合、公有民営の制度ができる前ですから、公設的に土地を行政が保有し、その他は和歌山電鐵の所有としましたが、そのコスト分を補助金で確定金額として行政が負担し、運営(経営)は和歌山電鐵が全責任を持つという形態をとって公の責任と民の責任をきっちり分けて再生しました。そして、行政とのコンタクトは行政主体の協議会を外に作らずに、和歌山電鐵主体の運営委員会を社内に作り、そのメンバーとして行政も加わっていただいて、極めて効率的、且つスピーディーに活性化策が考案・実行されています。当総研では、この上下分離の再生を成功させる公設民営のノウハウをしっかりと伝授するようにしています。

言うまでもなく、日本の伝統的ともいえる民設民営の交通事業が維持できることは素晴らしいことであり、民設民営で維持できない地域の公共交通事業の再生手法の一つであることを申し添えておきます。

2.SUMPの発刊と日本型SUMPの開発

また、2022年秋には、EUから当総合研究所がSustainable Urban Mobility Plan(SUMP)の独占翻訳権を得て日本語版を発刊し、普及に向けて地道な活動を行っています。

EUでは公共交通を単なる移動の問題とするのではなく、「カーボンニュートラル」への対応や「健康」増進、「交通事故」から国民を守るというQOL=クオリティー・オブ・ライフを満たす重要な移動手段として国や地域を挙げて利用を促進し、維持できるよう支えています。

日本では縦割り行政の管理のもと、未だ移動のためだけの交通を考えていますが、これからはまちづくり、くらしづくりの一環としてのみならずカーボンニュートラルや健康問題、交通安全など多面的な検討・政策立案等が必要になってくると言えるでしょう。日本型のSUMPの開発が必要不可欠であり、今後はこれらにも取り組みたいと思っています。

3.地域公共交通再構築の3つの国家課題の解決

地域公共交通の再構築は小手先でできるものではありません。それには3つの国家的課題があります。

  • 法整備

現行法の「利用者の利益」中心の運送法において、「利用者の利益」とは交通事業者の健全な維持と存在が大前提となっており、この交通事業者が危機に瀕している状況を健全なビジネスモデルへと変換する必要があります。運送法を改正し「利用者の利益」とともに「交通事業者の健全な維持・発展」を図らねば人材確保などの諸課題の解決もあわせ抜本的な改革ができないでしょう。

  • 財源確保

少子高齢化で慢性的な経営悪化が予測される地域公共交通を維持するには、また、地域公共交通を地方自治体が支えていくためには安定した継続的な財源が必要です。実は、3,000億円から5,000億円の規模の予算でもって地方創生の基盤ができるのです。

社会の安定のために最も費用対効果のある政策となります。

  • 国を挙げての利用促進

日本ではマイカー社会の進展などで通勤・通学の公共交通利用は10%程度しかありませんが、欧米では30~40%と国や地域を挙げて利用促進をしています。利用されない公共交通を財源で賄うのは意味がなく、利用を促進することでカーボンニュートラルの実現や、公共交通を利用して歩くことで国民の健康確保や交通事故の減少などを国策として図るべきだと思っています。

この3つの国家的課題を日本に定着させることではじめて、国民の生活に活かせるサステナブルな交通の維持・発展ができると思いますので、総研として3つの課題に対する社会の理解を深めて、実現へ向けて努力したいと思っています。

このように、当総研の課題解決はこれからが正念場で、10周年の記念日となる4月4日に更に活動を活発化できるよう岡山駅に至近な両備ホールディングス㈱の旧本社敷地の一角に新事務所を開所しました。事務所の移転で、更に気分一新、全国各地の地域公共交通の再生への支援とともに、この3つの国家的課題の解決を通じて地域公共交通が働く乗務員やスタッフも報われる夢のある元気な事業となり、国や地域のお役に立つことができるよう頑張ります。