【第三弾】広島電鉄株式会社
代表取締役社長 椋田昌夫様

地域モビリティの抜本的再構築に挑戦する
「広島電鉄が示す地方エリアの交通諸課題の処方箋」

広島電鉄株式会社
代表取締役社長 椋田昌夫

新型コロナウイルス感染症は少し落ち着きつつあるものの、人流を大きく減少させたこの感染症の拡大は、地域の公共交通に大きな影響を与えるとともに、アフターコロナの社会変容への対応など今後進むべき方向についての課題を突きつけてきた。利用者数は感染者数が落ち着いた時期にあっても、コロナ前の8割程度となっている。利用者の減少に応じたダイヤ調整も早朝深夜便の削減等は行ったものの、これ以上の減便は利用者のさらなる減少を招きかねない上に、フリークエンシーの低下は公共交通の役割を果たさなくなる。

運輸事業の収支は非常に厳しい状況にあるなかで、当社は人口約120万人を擁する政令指定都市・広島市を中心とした広島県西部地域一帯に、電車(鉄軌道)・乗合バスの路線を有しており、都心部から山間地に至る多彩な地域を沿線に持ち、それぞれ異なる課題を抱えている。本稿では、現在の広島地区での取り組みを踏まえ、地域における課題と今後の取り組み、考え方について述べていきたい。

まず、広島都市圏においては複数のバス事業者が運行しており、さらに都心部の広島駅から八丁堀・紙屋町に至る区間においては、郊外から都心部に直接乗り入れるバスが重複して運行しているため、輸送力が過剰となっているばかりでなく、滞留するバスによる交通渋滞も発生している。

経営効率化上の必要性は言うまでもないが、環境問題の観点からも需要に合った効率的な運行便数にすることは急務である。

広島市街地のデルタ部においてはその布石として、複数事業者協議のもと、広島駅を発着点とする2ルートの循環バスの運行を始めている。

都心部の繁華街や宿泊施設等を小回りで結ぶ『えきまちループ』(当社、広島バス㈱)と、周縁部の大規模病院や商業施設等を大回りで結ぶ『まちのわループ』(当社、広島バス㈱、広島交通㈱)がそれであり、重複する路線の解消や過剰な便数の削減に一定の役割を果たしている。今後も旅客利便の向上と運行効率化のため、こうした路線の再編をさらに進めていく必要がある。

広島市内には軌道(路面電車)も運行しており、同じ「面交通」としての役割を果たす路面電車と乗合バスの効率的で利便性の高い制度運用にも取り組んでいる。昨年11月には広島都市圏を均一運賃とし、市内中心部の電車・路線バス全てで利用できる「広島シティパス(エリアフリー定期券)」を設定し、利用者利便の向上を図った。もう少し状況を見ていく必要があるが、発売から3か月間の実績で「広島シティパス」の発売は好調で、定期収入は上向いている。

このように都市部においては、お客様の利便向上政策の実施とモードを超えた複数事業者間での運行の効率化、そして利用者への一定の運賃負担をして頂くことで、暫くの間は現状を維持していくことが可能のように思われる。しかし今後、人口減少や少子高齢化が進行し、さらなるバリアフリー化、環境対応(EⅤバスの導入など)を求められることを考えると、民間事業者が主導している現在のやり方では持続可能な公共交通は維持できない。

この厳しい状況に対応するためには、公共が主導の地方公共交通の維持方策の実行と現在の運賃認可制度の見直しが必要と考えている。
一つ目の維持方策については、現在広島市において乗合バスの「共創による乗合バス事業の共同運営システム(広島モデル)」の構築が検討されている。(別紙参照)

これは持続可能な地方公共交通に向けての課題解決のための官・民で構成する組織を創設し、運行に必要な設備やシステムの共同利用や、路線再編など効率的な運行へのプランニングを自治体と事業者で協力し合いながら作成実施し、公共から必要な補助金や助成金を投入して頂くスキームである。本件に関しては、当社としても積極的に関わっていく方針であり、国・地方自治体、学識経験者、関係事業者など関係者全員の力を結集して新しいスキームを成功させたいと考えている。

二つ目の運賃の問題であるが、いわゆる「公共」交通であるため、民間が経営・営業しているものの、そのサービス価格(運賃・料金)の決定については国の認可が必要である。

運賃の決定は「総括原価方式」により計算されるが、すでに30~40年前から実態は原価(標準原価)を賄う運賃改定にはなっておらず(赤字申請)、運賃値上げに伴う旅客の逸走防止などで本来受益者負担を原則としながらも、運賃改定をしても所要の増収を確保できない場合がほとんどであり、次第に乗合バス事業の経営を圧迫してきた。労働集約産業である乗合バス事業は人件費の割合が高く、賃金の上昇や動燃費の上昇を転嫁できないまま、さらに収支を悪化させ結果として補助金の増加につながっている。

運賃の決定プロセスを明確にし、その決定する基準は合理的に利用者に説明する必要があるが、社会的な物価政策の事をふまえても、もう少しタイムリーに運賃の変動ができないものかと考える。

昨年11月に実施した広島市内の運賃の見直しでは、法定の地域協議会で議論したいわゆる「乗合バスの協議運賃」のスキームで改定を実施させて頂いた。このように地方において、関係各社が集まり、自治体が主導するものについて、速やかな運賃変更が行われるようにできないかと考える。動燃費の高騰に合わせて運賃を高低する(燃料サーチャージの考え方)ことや、時間帯別運賃(ダイナミックプライシングなど)の設定を社会実験的に行う、観光MaaSに対応する企画運賃を設定する、などで効果を発揮するのではないかと思われる。特に今後IT化、DX化が進み、乗合バスにおいても柔軟な運賃収受の対応が可能となる。この機会にぜひ検討をお願いしたいものである。

もう一方の中山間地域において、最も喫緊で深刻な課題は乗務員不足である。

すでに(大型)二種免許所持者は高齢化し減少傾向にある。乗合バス事業のみならずタクシー事業でも車両はいるが、人がいないので運行できないという状況が起きている。

将来的には、実験段階にある自動運転のモビリティの普及が待たれるところではあるが、実用段階に至るにはまだしばらくの時間が必要と考えられる。

(大型)二種免許所持者の減少への対策として免許要件の緩和などが図られているところではあるが、中山間の過疎地の足を確保するには全く新しいスキームの導入が必要である。

すなわち、交通量の少ない中山間地域においては、白ナンバー車両と普通免許所持者による自家用有償旅客運送の条件を緩和し、広く認めていくことが課題の解決につながる。安全性の低下が懸念されるであろうが、現代の車両は自動運転をも可能にするくらい安全性能が向上しており、また中山間地域の交通量は少ないうえ、道路整備も昔と比べて格段に進んでいる。従って認められた運送事業者(乗合バス事業者など)が運行管理を的確に行うことで普通免許所持者であっても運転の安全性は担保される。当社は、すでにIT技術を活用した遠隔地点呼を実施しており、遠隔地から複数の拠点にいる運転手に対し適法適切な点呼を行うことは、技術的にも、法律上も可能となっている。

車両の小型化と車両安全性能機器の装備、運送事業者による点呼指示などの運行管理、運転手の安全講習受講などの条件を整え、新しいスキームを導入することで、中山間地域において需要に応じた輸送の担い手が確保できることとなり、減少著しい大型二種免許所持者という人的資源を、都市部の輸送に振り向けることが可能となるため、ぜひ検討いただきたいものである。

以上、都市部と中山間地に分けていくつかの課題と考え方について述べてきたが、いずれにしても地方の公共交通を担ってきた各事業者が、これまでの「競争」ではなく「協調」に向けて舵を切ることが必須であるし、国や自治体による規制緩和や、輸送の維持に対する主体的な関与が必要となってくる。当社としては、既にある経営資源の有効活用を図るとともに、これまで得てきた経験を他事業者や行政と共有し、ITなど新たな技術や知見を積極的に取り入れることで、次世代まで持続可能な地域の輸送サービスの提供に努めてまいりたい。