【第四弾】株式会社ヤマコー
代表取締役社長 平井 康博様
地域公共交通の問題点(2023年2月)
株式会社ヤマコー
代表取締役社長 平井康博
2019年12月から発生したコロナウィルス感染の影響は2023年に入り、やや収束した感もあるが、感染者数の把握の方法が簡便化されたため、どの位の感染者数が存在するか実態は不明であると思わざるを得ない。
2022年10月より海外からの入国制限緩和により、一挙にインバウンドのお客様が日本に押し寄せ、更に国の観光支援事業も相まって、国内の観光地に賑わいが戻ってきている。
特に宿泊業においては、観光庁の高付加価値支援事業により、施設の整備が進み、利用されるお客様の単価アップもあり、2018年、2019年のピークを超す施設も多くなってきている。また、ホテル等においても客室稼働率は100%近くまで上がってきている。
宴会等のバンケットにおいては、ようやく経済をまわしていこうという官民一体で気運が盛り上がり、コロナ禍以前とは打って変わり、リモートでの会議からface to faceでの会議や懇親会等が増えてきている。
しかしながら、危機的コロナ禍を脱したとはまだいえず、明暗が分かれているのが現状である。懇親会が多くなったとはいえ、2次会、3次会への流れがほぼない状況となり、その飲食店は未だ低迷を続け、それに伴いタクシー業界もコロナ禍前の65%前後を行ったり来たりと苦しい状況が続いており、各種補助金を受けながら、何とか急場をしのいでいるといった状態である。
バス業界においては、貸切バスを利用したり、大人数のツアーがほぼなくなり、現在もその状況が続いている。
乗合事業においても、バス離れが顕著である。これに追い打ちをかけているのが乗務員不足で、ニーズがあっても便が維持できずますます公共交通離れを進めてしまっている。さらに人手不足で、本来乗合バス路線を維持するための収益を稼いでいた貸切や高速バスの稼働が出来ない状況が続いている。このような状況では、公共交通である乗合事業は、近年赤字が当たり前になっている地方部では特に、補助金がないと成り立たない事業となっている。
更に、この危機的な乗務員不足の中、2024年施行予定である「年間労働時間外制限」により、路線バスの廃止・減便・運行時間帯の短縮など大規模な縮小を断行せざるを得ない状況が目前に迫ってきている。
既存のバス事業者は、確かに規制緩和以前は認可事業であり、いわゆる独占とまで言われてきた。しかし、前述の通り、1970年代より組合と協議を重ねバスの車掌を廃止し、ワンマン化を進め、人件費の支出を抑え、更に昇給・賞与の減額といった従業員に対しての苦渋の選択をしつつ、公共交通という乗合バス事業を継続してきた。
これは、規制緩和以前には、貸切バスや遠距離などの高速バス等の利益があればこそ可能であったものである。
しかし、規制緩和後については、貸切バス事業者は大小さまざまな企業が立ち上げ、しかも見積合わせや入札など、これでもかこれでもかと貸切バス料金の値下げ要求があり、新規参入の貸切バス事業者は売り上げを上げるため無理な運行をせざるを得ない状況に陥っていた。(価格競争により、安全よりも安価を優先する利用者・バス事業者・エージェントが増加した)
それが顕著に表れたのが2007年2月18日午前5時25分に発生したあずみ野観光バスが大阪府吹田市で運転士の過労によるハンドル操作ミスで大阪モノレールのコンクリート製橋脚に衝突し、運転士の弟で高校生のアルバイト添乗員の方が死亡し、お客様にも重傷者をだすという大事故があった。
また、その後何件かの事故が発生しており、最近では軽井沢での事故や富士山5合目での大事故が脳裏に焼き付いている。
私の個人的な見解で述べさせていただきますが、これらは規制緩和による犠牲者とも思われる。
規制緩和以前は、公共交通という乗合バス事業を担っていた会社が貸切バスも運行しており、その利益をもって乗合バス事業の赤字を埋めていた。
更に、貸切バスの運転を任せるには、まず乗合バスを経験し、近隣の坂道運転も多くの時間を費やし、更に貸切バス運転の社内認定を受けて初めて貸切バス運行ができるという手順を踏んでいたため、乗務員は貸切バスを運転することは技量が認められたことを意味するため、誇りをもってハンドルをにぎっていたものだ。
しかしながら、規制緩和がなされた後、数多くの貸切専門のバス会社が乱立してしまい、ますます事業継続が困難となっていき、ついには、会社存続すらも出来なくなり、民事再生の道に進んだ会社が多く出てしまったことも事実として捉えても過言ではないと思われる。
このように規制緩和以前であれば、赤字は貸切事業という利益部門がカバーして、公共交通を守り続け、乗務員の待遇も確保されて、赤字路線を走り続けることが可能であった。
規制緩和によって競争が促進されれば、交通事業はより便利になり、かつ、効率化するという前提があったのだろうが、競争によって安全性が損なわれてしまう事故が実際に起こっており、また、一方で、民間事業者としてこれまでも現在も当然に努力している交通事業者を規制緩和や補助金削減で追い込んでも、公共交通としての利便性を低下させるサービスの縮小にしか繋がらないというデータも示されている。
現在の状況で貸切専門バス会社を今更整理することは不可能な時代となってしまっており、公共交通という乗合バス事業は今日まさに転換期に入っているものと思う。
社会的弱者となっている田舎の公共交通を守るため、現在の赤字補填というシステムからの脱却を図る時期ではないかと。
車両の購入をするにも、以前は車両の減価償却費補助制度(1,500万円限度)となり、当面の運転資金は乗合バス事業者が負担せねばならず、特にコロナ禍の中にあって未だ2018年、2019年当時の70%台にまでしか乗客数が戻らず、日々苦しい事業継続を余儀なくされている。
従来の乗合バス事業を営む会社は、認可制度ということもあり、当局の厳しい管理下にあり、更に今ほど競争激化ではなかったため、適正料金で貸切バスを請け負っていたと判断している。
しかし、大小様々な貸切専門のバス会社が乱立した結果、当局の監視の目が届かない状況となってしまい、且つ、お客様、エージェントはいかに安く運行させるかの競争に陥り、そのため貸切バス会社は無理な運行でも、安い運賃でもと値引き合戦に入り、その結果は経験不足による運転未熟やハードスケジュールを請け負うことに繋がっていったと思われる。
ただ、従来の乗合バス事業会社は、公共交通という社会的責任を有しており、安易な値下げ競争には加担できず、その結果、貸切バスの運行が激減し、貸切バス車両そのものの減車に追い込まれていった。
結果、そもそもの赤字でしか運行できない公共交通という乗合バス事業の赤字を補填していた利益部門がなくなってしまったため、コミュニティバスやデマンドバスといった方式により、全国各地で運行されているが、ここにも入札という関門があり、入札に参加してくるのは利益のでる路線のみで、補助金があっても赤字路線には参入してこないのが実態となっている。
また、現在赤字を解消、更に補助金が減額されるため、運賃の値上げが逆に乗客数を減少させていくという悪循環にも陥っている。
結論として、公共交通を地域のインフラ整備と位置付け、地域住民が利用しやすい運賃体系にしていく必要がある。
そのためには、赤字補填という施策から適正な利益で、適正な運賃で運行するためには、どの位の運行経費がかかるのかを算定し、乗合事業バス会社に委託するという施策に転換しなければ、今後、既存乗合バス事業者は、利益の出る貸切バス事業に転換せざるを得なくなり、ひいては、地域公共交通そのものがなくなってしまうのではと危惧している。
実際、乗合事業を営んでいるバス会社の生の声として、複数市町村を運行する地域間幹線バス路線の補助金算定は、過去3年間の平均値を用いるため、補助金額が当期の実績に見合っていない(事前算定方式)。コロナ禍で大きく業績が落ちた年の補助金は、過去の業績3年間の平均値にコロナ以前の業績が含まれた補助金額になるため、コロナによる欠損を埋めることが困難である。
補助金は欠損に対する補填をみて利益への貢献がない⇛資金力の原資不足同様に、事業年度終了後に補助額が確定し支払われるため、昇給や設備投資など将来投資の原資にはならない。
地域間幹線バス路線の補助限度額は、該当路線に係る総費用の20分の9までとなっているため、低収支の路線は欠損を全額補填できず、また補助金額の2分の1までを国が負担。県は同調補助の観点から国と同じ2分の1の負担となっており、総費用の20分の9を超える欠損は、運行バス会社で負担となっている。
こうした制度では、乗合バスを中心とする公共交通は人にも設備にも投資が進まず、縮小する一方となり、公共交通が不便になり、地域の衰退を招くという悪循環が止まるものではない。民間事業が投資をして事業の効率性や利便性を追求するためには利益の確保が必要であるという当然の経済原則を踏まえた補助制度とする必要がある。
よって、
1.地域間幹線バス路線補助金の過去3年間の平均値を用いた事前算定方式から複数年度・地域包括委託などの方式を可能とするような補助方式の見直し(運転士への賃上げや設備投資に対する費用が反映されにくい)
2.地域間幹線バス路線補助金の補助限度額
(総費用の20分の9)の撤廃、または地
域間幹線バス路線補助金に対する県の同調
補助の見直し(その場合は、単純に県補助金が純減することとならないよう、県独自補助に対する地方財政措置の充実などが必要)
3.貸切バスの請負金額が国の定めた運賃体
系を守らない事業者に対する許可の取り消
しや事実上の運賃ダンピングに繋がるキックバックの上限設定などの規制強化。実際、国の定めが決定された後も低料金での運行が横行されている現状で、それをよしとする貸切バス事業者、エージェント、お客様が現に存在し、今後前述したような事故発生につながるものと懸念している。
4.バリアフリー法の公共交通移動等円滑化基準により、小型バスによる路線バス運行に制限があり、車両コストが高止まりしている。(市町村で運行されている小型バスには適用されていない)
5. 輸送量一日当り15人以上、輸送密度や路線競合などの地域公共交通の実情にそぐわない補助要件見直し
更に私案として、蛇足ではあるが、SDGsの観点から、県、市町村の公務員の方々が、公共交通機関を率先して利用していくことも必要と考える。そのためには、自治体の通勤費用算定ルールの調査や見直しに向けたガイドライン策定等、国の役割も必要不可欠である。
地域乗合バス事業者の乗務員の待遇を良くしようと、そして、補助金を減額していくためにも「公」自らが公共交通を利用していくことが肝要と思われる。
重ねてだが、公共交通を維持するためには、制度そのものを変更していく時期にきているものと考える。
データ参照
【酒井達朗“乗合バス事業者の個票データ分析に基づく地域公共交通事業への収支改善インセンティブ強化施策の検討”運輸政策研究】