危機的な地域公共交通のサステナブルな発展への提言
―地域公共交通総研第6回熊本シンポジウム記念提言―
(一社)地域公共交通総合研究所
代表理事 小嶋光信
8月9日、本総研の第6回のシンポジウムが熊本市で熊本大学の溝上教授や熊本市、国交省九州運輸局と九州地方整備局の多大なご協力で開催された。地域公共交通の先進的取り組みと全国で多発している災害への対応を課題に「地域モビリティーをいかにつくっていくか?」をテーマに行なわれたが、本当に「火の国」といわれるように熱気に包まれ、懇親会でも大盛り上がりのシンポジウムなった。関係者の皆さんに感謝したい。
このシンポジウム開催を記念して、地域公共交通の根本的な問題解決を図るために下記の提言をしたい。
「危機的な地域公共交通のサステナブルな発展への提言」
2018年の地方路線バスの「31路線の廃止届」提出を契機に、総理大臣ならびに国土交通大臣の「少子高齢化の地方で競争と路線維持は両立しない」というご認識をいただき地域公共交通の国による見直しが行なわれ、国交省には「地域交通フォローアップ・イノベーション検討会」が、また内閣府の「未来投資会議」でも地域交通に対する検討が行なわれるようになりました。
しかし、検討課題において10年後、20年後の地域交通はどのようになるのかという点の分析と検討、また将来像からの現行法の問題点改善や制度改正などにまで踏み込んだ抜本的議論が行なわれていないのではないかという大きな懸念を感じています。
残念ながら地域交通が抱える問題に対し、ケーススタディーのような小手先の対応では解決不可能で、そのことは1980年代に英国サッチャー政権が推進した交通に「競争政策」を持ち込んだ世界的に有名な大失敗事例でも明らかです。
地域交通の抜本的改革には法改正、財源確保、国家的な利用促進運動の3つが必要です。
1. 現行法に基づく制度改革ではサステナブルな地域交通維持は不可能です。
運送法が想定している競争に適合する地域の人口は、東京23区、横浜市、大阪市、名古屋市などで、合計してもたった18百万人程ですが、少子高齢化で需要の乏しい地域の人口はざっと6倍の約110百万人です。たった14%の競争を必要とする地域の事情を日本全体に適用した法律であり、民主主義の多数決原則では本来、法律は約86%の供給過多の地域をベースに作られるべきで、例外的に需要の大きな大都市は特例法で対処すべきです。
地域では法律が想定していた競争ではなく、路線維持こそが利用者の利益となり、交通事業者が健全に発展できるかがポイントになります。今すぐにでも需給をしっかり見据えた法律に改正せねば、競争主体の現行法下で大部分の交通事業者が健全な経営ができず、終には路線がなくなるという利用者にとって最大の不利益となることを理解すべきです。
需要者サイドの運送法の誤りを糊塗するために制度改正してもザル法の穴は埋まりません。「いいとこどり」の競争による事業者の疲弊は、路線の縮小、経営劣化と低賃金による痛ましい事故等にもつながり、劣悪な競争で下がった運転手の賃金は平均賃金より年収が1~2百万円以上も低くなっています。運転手不足による減便や路線縮小などをパッチワークで直そうとすること自体に無理があります。
2. 新たな交通財源を持たねばサステナブルな地域交通維持は不可能です。
10年後の2030年の推計では総人口が647万人(5.2%)の減少ですが、通勤通学の需要のある15歳から64歳までの人口減少は10%の735万人もあり、地方は急激な少子高齢化が進み地域公共交通の維持がさらに難しくなります。
極言すれば、乗合バス事業の地域の売上は2,768百万円(2017年)で、損益は赤字の449億円ですが、今後10年ではざっと10%の減収から約300億円の赤字増大で750億円前後の赤字となると想定されます。赤字幅はざっと1.7倍になるので、現在の補助金は1.7倍になるとも想定できます。
これに地方鉄道や離島航路などの補助金が膨れ上がりますから、地方では人口が減少し税収は減る、高齢化で出費は増える、交付税が減額される地方財政では路線維持も公共交通維持も難しいことは火を見るより明らかです。
今後、路線バスも環境面や健康面からEV化やIT化が求められますが、80%以上赤字の地域交通では自費負担は困難です。従って地方では、公設民営化は鉄道や船のみならずバス事業においても必要な取り組みとなり、これらの財源も必要です。
つまり、先進ヨーロッパ諸国のように環境税や炭素税などとも連動して新たな交通目的税を創設せねば維持はできません。少子高齢化社会の地域公共交通は地方社会を維持するインフラです。
3.「乗って残そう公共交通」国民運動で利用促進せねば地域交通維持は不可能です。
いくら法改正、制度改正と交通財源を創設しても、国民が利用しなければ地域交通は維持できません。先進ヨーロッパ諸国のように環境維持、健康維持でマイカー社会からマイカーと公共交通との共生社会に移行して国民の公共交通利用を図らねば、高年齢者は足腰が弱り元気を維持できず生活難民化するか、老衰で大事故や孤独死が増加して社会問題化することになります。
まさに歩くことと一体の公共交通利用は、少子高齢化社会における国民の健康維持への国家的ソリューションになるのです。
地域公共交通が失われた地域は滅びます。サステナブルな地域公共交通の維持に必要な法改正や財源確保と国民運動は、国交省一省でなしうるべき事柄ではなく、国家的課題として取り組む必要があります。
現状のように問題が起きるたびに手直しをするのでなく、抜本的な3つの改革を地方創生の大きな柱として、将来に向かった明るい地方を創り、エコで健康にやさしく高度にIT化された世界一の先進的な「エコ公共交通大国」を目指すことを提言します。