公有民営化による新生「近江鉄道」に期待する!
(一財)地域公共交通総合研究所
代表理事 小嶋光信
私どもが助言させていただいた3例目の公設民営化として「旧第一種鉄道事業者:近江鉄道株式会社」から「第二種鉄道事業者:近江鉄道株式会社」と「 第三種鉄道事業者:一般社団法人 近江鉄道線管理機構」による新生「近江鉄道」がこの4月よりスタートし、近江鉄道の喜多村樹美男前社長(現西武バス会長)と飯田則昭社長および幹部の皆さんが総研に挨拶にご来社くださいました。
実は公設民営を私が提唱してきたのは、規制緩和後には31社の地域を代表するような公共交通会社が破綻し再生されていったが地方交通の本当の病巣が理解されることは無かったことから始まる。
何故「公設民営」か
私は赤字体質の地域公共交通を健全な黒字企業にする方策を研究し、それにはヨーロッパ型の公共交通のあり方である「公設民営」しかないという結論に達した。赤字体質の日本の地域公共交通を短期的に補助金で支えた後はビジネスモデルを「公設民営」に切り替えていく以外に方法は無いと確信し、「津エアポートライン」や和歌山電鐵で「公設民営」での再建を実証し、中国バスの再生から地元の宮沢洋一国会議員に提唱し「地域公共交通活性化再生法」の成立に携わることができ、この法律から和歌山電鐵を前例に国土交通省(以下「国交省」)鉄道局が公有民営化の制度を確立したことがベースになっている。
何故補助金を「公設民営」化せねばならないかというと、補助金制度の設計上黒字企業になりえないということで短期的には効果的だが中長期的には企業が万年赤字化し体力が弱り、経営努力の意欲喪失などで賃金の上昇も望めず設備改善も出来ない企業に陥ってしまうからだ。
現在でも「公設民営」もしくは「公有民営」にかかわらず、「上下分離」をすれば解決すると思われている方が多いが、実は上下分離すると「第三セクター」による経営方式となり経営が再建できないケースが多い。理由は、補助金は経営努力して赤字が減ると補助金も減って何ら経営的メリットが無いため、経営努力は責任を持って民間がするという「民営」方式による経営が出来るかどうかが大事なポイントとなる。この点は我々が再生し実証してハッキリしている。要は経営努力を呼び起こさない補助金化制度から、経営努力をする「公設民営」制度に切り替えることが公共交通を活性化させるために必要になると言える。
「近江鉄道」の公設民営化への経緯とポイント
- 行政側の努力
私が総研の代表として本件に関わるようになったのは2018年に滋賀県三日月知事から「近江鉄道」をどうするかの相談があり、地域の基礎自治体と市民と交通事業者の多様な意見を纏めていくという知事としての覚悟が一番大事とお話ししたことに始まる。
三日月知事とは、旧民主党政権時代に国民政党と言いながら「高速道路を無料化する」という政策を標榜し当時の民主党のマニフェストには「公共交通」の「こ」の字もなかったことから、地域公共交通活性化再生法から次のステップを模索していた私は「高速道路無料化より、公共交通再建が国民政党としてやるべきこと」という信念で当時政務官だった三日月さんに単身で談じ込んだときに始まる。直ぐに三日月政務官は国交省で地域公共交通の検討会議を開催し、私は参考人として「地域公共交通の抜本的改革の必要性」を唱え、それを三日月さんが取り入れ「交通基本法」の検討会議が始まった。紆余曲折から一旦は「交通基本法」は廃案になったが、自民党政権になり井笠鐡道の破綻を両備グループが救済したことが契機となり「交通政策基本法」として成立した。その時三日月さんは野党として委員会に出席されていたが、私が参考人として意見陳述したときに陰になり日向になり野党の立場でありながら「国民のために必要」と法案成立に応援してくれた。
その後三日月さんが滋賀県知事となって、2019年3月に滋賀県庁で公共交通に関する「滋賀県セミナー」が行なわれることになりその講師として招聘され、地域公共交通の現状と再生方法を和歌山電鐵などの事例を使って説明させていただいた。
公共交通が如何に地域の移動のみならず維持・創生と活性化に必要か、地域公共交通の再建にはいくつかの方策があり「鉄道ありき」ではなく地域がどのような交通手段を選ぶべきか、また選ぶ方策の選択肢を明示し、これからの公共交通は「交通事業者」の「孤軍奮闘」型から「国と自治体と市民と交通事業者」が一体になり支えていく必要があることを力説させていただいた。
もちろん講演前には、これまでの再建案件と同様に近江鉄道線のほぼ全線に乗り、再建のキーポイントの一つになる多賀大社にもお参りさせていただき、この沿線の問題点と魅力を把握させていただて臨んだ。
このセミナーがいわばキックオフになり、2019年11月に「近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会」(以下「法定協」)が開催され、2020年3月近江鉄道線の全線存続の決定、同年12月公有民営方式による上下分離を決定しコロナ禍を経てこの4月に新生「近江鉄道」がスタートしたことになる。
法定協の委員である当総研からは町田専務理事と実務担当の研究員として岡山電気軌道と和歌山電鐵の専務の磯野さんが主に担当した。
法定協以後の経緯の詳しくは滋賀県の発表資料
をご覧いただきたい。
- 近江鉄道の努力と市民の理解と協力
当事者である近江鉄道の当時の社長である喜多村さんが2019年4月に総研を来社され近江鉄道の再建を決意した経緯などを伺った。
近江鉄道は大手である西武鉄道系の関連会社だが、西武鉄道の創業家の堤家の邸宅も沿線に残る、いわば西武鉄道のルーツにある鉄道と言える。従って市民や行政の皆さんも大手の西武さんが面倒みるべき、バス部門は黒字なのでその黒字で内部補填すべきなど鉄道部門の再建に進むのには大変な逆風があったと伺った。
私から申し上げたことは、大手鉄道と異なり、
・地方鉄道は社長自らが如何に本気に顧客サービスや地元対策が必要か。
・市民や行政がその努力をみて好感を持ち、応援していただくくらいにならないと再建は出来ない事。
・経営をガラス張りにして鉄道における収支が償えるようにしないと他の事業の内部補填だけでは再建は無理なことを理解してもらうことが大事。
であることをアドバイスした。喜多村社長は、帰るとすぐにお客様に見えるように色々な努力を始めたことを地元から聞いていた。
そして飯田社長になり、「近江鉄道グループありがとうフェスタ」を彦根駅近辺で行い、2022年10月の「全線無料デー」などでは当初予想の3倍以上の3.8万人を運び沿線の商店街には驚くほど来訪者があり、翌年の10月には近江鉄道の相性の「ガチャコン」から「ガチャフェス」というイベントを開催した際は、参加店舗が前年の14か所から49か所に拡大するなど大きなうねりとなり、行政の応援と近江鉄道の努力と市民の理解と協力が生まれ運動がかみ合ってきたことが再建への大きな追い風になったと言える。公共交通は単なる移動の手段だけではなく地域活性化の重要なツールであることが少しでも地元に理解されていくことが大事だ。
- どのような再建モードが効果的かを考えられるか、「鉄道ありき」でない合理的説明が必要
近江鉄道を廃止して「バス」「BRT」「LRT」での初期投資やランニングコストを精査し、
・バス:ランニングコストは鉄道の約半分になるが、初期投資として30億円必要。
・BRT:初期投資が120億円必要で、ランニングコストは鉄道より増える。
・LRT:初期投資が112億円以上、ランニングコストはバスより増える。
ということでの総合的判断で鉄道の存続が優位であると協議会で判断できる大きな材料となっている。いずれの交通モードも、「鉄道を存続させるより優位性が見当たらない」と、協議会では判断している。
今回の近江鉄道の公有民営化は、今後の地方鉄道などの地域公共交通の再構築や確保維持改善事業等の好例として大きな成果であると言える。如何に地域にとって公共交通が基本的なインフラとして移動だけでなく、地域活性化と地域の存続に必要なツールか、地域の市民と行政が交通事業者とも一体になり本気で取り組む必要があるか、今回の事例は大きな示唆になると言える。